羽生結弦の最新ショット 13歳全米女王との1枚にファン歓喜「笑顔が見られて嬉しい」

THE ANSWER によると。

クリケットクラブのディオニシオコーチが羽生の最新ショットを公開
 フィギュアスケートで五輪連覇を成し遂げた羽生結弦(ANA)。来季は夢の4回転アクセルの成功にも期待が集まるが、現在も拠点を置くカナダ・トロントで練習を続けている様子だ。クリケットクラブのジェフ・ディオニシオコーチがインスタグラムを更新。羽生と13歳の全米女王アリサ・リウとの3ショットを公開し、4回転ジャンプの練習を行っていたことを報告すると、海外ファンからも喝采が上がっている。

 2018-19シーズンは閉幕したが、羽生はすでに来季を見据えたトレーニングに入っているようだ。ディオニシオコーチは「素晴らしい1週間をありがとう、君たちと4回転を取り組めて光栄でした!」とつづり、羽生&リウとの3ショットを公開した。

 あどけない表情で白い歯をのぞかせるリウを中央に、上下黒の練習着に身を包んだ羽生は右手でピースサイン。笑顔を浮かべている。

 13歳で全米選手権を制したリウとともに、4回転ジャンプに取り組んだようで、その練習の前後に撮影された1枚。この投稿に海外ファンも歓喜のコメントを書き込んでいる。

「また笑顔が見られて嬉しい」
「壮観な4回転を見るのが楽しみ」
「ユヅはゲンキに見えるね」
「おおお、泣きそう」
「美しい人」

 その動向が常に注目を集める羽生。2019-20シーズンはどんな美しい舞いで魅了してくれるのか。今から来季が楽しみだ

真央&伊藤みどり、特別対談。トリプルアクセルへの思いとバトン。

Number Web によると。

 日本女子フィギュアスケート界を牽引してきた伊藤みどりと浅田真央。女子で史上初となるトリプルアクセルを成功させた伊藤は、1992年アルベールビル五輪でフィギュアスケートでは日本人選手として初の銀メダルを獲得。

 そのバトンを受け継いだ浅田は、シニア初年度のGPファイナルに15歳で優勝し鮮烈なデビューを飾った。さらに2010年のバンクーバー五輪ではショートプログラム、フリー合わせて3度のトリプルアクセルを成功させ、銀メダルに輝いた。

 ともに名古屋出身で、山田満知子コーチに指導を仰いだ伊藤と浅田。トリプルアクセルを武器に、世界に挑み続けた二人の対談が、雑誌では初めて実現した。
小5の時、飛行機の座席の隣が……。
 伊藤 真央ちゃんを最初に知ったのは(愛知県の)県大会かな。まだ小さい頃だったけれど、すごく上手な子がいるっていう話はよく聞いていましたよ。

 浅田 私が初めてみどりさんを見たのは、当時練習していた大須のスケートリンクです。みどりさんは引退後にプロの方たちの試合に出場するためにリンクに練習に来られていて。(樋口)美穂子先生と一緒に振付けをしていた様子を見ていた記憶があります。当時、私は小学4年生くらいで、幼いながらもみどりさんのジャンプの高さやスピードにとても驚きました。

 伊藤 初めて話をしたのは何歳だっけ? 

 浅田 小学5年生の頃ですね。大須のスケートリンクでスケート靴を履いているときでした。うれしかったのは一緒に行ったカナダ合宿。10~15人いたなかで、幸運なことに飛行機の座席がみどりさんの隣だったんですよ。すごく緊張したけれど、みどりさんがいろいろ話しかけてくださいました。

 伊藤 機内誌に載っていた世界地図を広げながら、真央ちゃんに自分が試合でどんな国に行ったとか、真央ちゃんもたくさん試合で海外にいけるといいねという話をしたよね。真央ちゃんは小さい頃、本番で緊張したり、怖がるタイプだったでしょ? 

 浅田 本番に弱かったですね。どちらかというと(姉の)舞の方が強かったと思います。私は試合でよく失敗もしていました。でも、舞より練習しているという自負があったから、同じ試合に出て負けると悔しかったですし、それが私の負けず嫌いのスタートというか原点になったと思います。

 伊藤 その経験が努力し続けることにつながっていったんだね。その後、めきめき力を付けていって。真央ちゃんがトリプルアクセルを跳んだ’05年世界ジュニア選手権を現地で、シニア初参戦で優勝したGPファイナルもテレビの解説をしていたので現地で見ることができたの。真央ちゃんの節目となる大会にはだいたい立ち会えているんだよね。

練習の3分の2はコンパルソリー。
 浅田 私がノービスからジュニアに上がったときも会場にいらしてくださいましたよね。現役時代の演技を生で見たことはありませんが、よく映像を見て勉強させてもらっていましたし、みどりさんは私にとって永遠のスター。だから、みどりさんの衣装を着たときは本当にうれしかった。小学6年生のときにクスコの曲で初めて着て、’05年の世界ジュニア選手権では優勝することもできました。そこからトントン拍子で結果が出せたのは、絶対にみどりさんのパワーが衣装に入っていたからだと思います。

 伊藤 トリプルアクセルも継承してくれたよね。私はあまり努力しないタイプだったけど(笑)、きっと真央ちゃんはすごく努力していたんだろうなあ。

 浅田 そんなことないですよ。だって、昔はコンパルソリー(※男子シングルと女子シングルで1990年まで行われていた種目の1つ。「規定」とも呼ばれ、氷上を滑走して課題の図形を描き、滑走姿勢と滑った跡の図形の正確さを競った)がありましたよね。だから当時の方が想像以上に練習していたんじゃないかなって思います。私も挑戦したことがあるのですが、今の選手でできる人っているのかなと疑問に感じるくらい、とても高度な技術が必要とされますよね。

 伊藤 私はコンパルソリーが苦手だったから苦労しましたね。

 浅田 どれくらい練習していたんですか? 

 伊藤 練習の3分の2はコンパルソリーに時間を費やしていたかな。

 浅田 すごい……。

 伊藤 しかも課題は毎年変わるし、どの課題になるかは大会毎に違うからね。どんなに苦手でも、そこは努力しないと身にならなかったから練習するしかなかった。
真央ちゃんも昌磨もみんな真面目。
 浅田 小学生時代のみどりさんの映像を見たことがあるんですけど、ジャンプはもちろん、当時からスケーティングやスピンの速さはずば抜けていました。今のノービスの選手と比較してもまったく遜色ないです。一体どんな練習をされていたんですか。

 伊藤 とにかく学校の時間以外はリンクにいましたね。山田先生からは、「踊れないぶん、スピード感で勝負だよ」とよく言われていたので、リンクの上にいることで感覚を養おうと、氷の上にいる時間をできるだけ長くしていました。

 浅田 朝から晩までそれだけの練習を積み重ねてきたからこそ、愛知県出身の恩田美栄さんや中野友加里さんが継承して、その後、私たちが受け継ぐことができたのかなって思います。

 伊藤 真央ちゃんも、(宇野)昌磨も、みんな本当に真面目だよね。思い出すのは真央ちゃんがグランプリ東海に来ることが決まったとき、山田先生が相当喜んでいたこと。「真央ちゃんはあなたと違ってかわいくて、なんでもできるんだから」って。先生は私のようなタイプのスケーターしか教えられないと言われるのが嫌だったから、真央ちゃんが来てくれて本当に嬉しかったんです。

真似できないトリプルアクセル。
 浅田 みどりさんは女子で史上初めてトリプルアクセルを成功させましたが、誰かのジャンプを参考にされたんですか。

 伊藤 私が挑戦していた頃は、男子の世界トップ5がみんなトリプルアクセルを跳んでいたんです。アメリカのブライアン・ボイタノや、今、羽生(結弦)くんを指導するブライアン・オーサーのトリプルアクセルの映像は、ビデオが擦り切れるほど、何度も繰り返し見て勉強した記憶がありますね。でも、’88年のカルガリー五輪で5位に入賞したことで、一緒に世界ツアーをまわれることになって、彼らのジャンプを生で見ることで、より吸収力が増しました。

 浅田 みどりさんのトリプルアクセルのスピード感やジャンプの高さは、誰にも真似できないですよ。すごい。

 伊藤 当時、欧米の選手ばかりの中では、突き抜けた個性がないと日本人が認められることは難しかった。私の場合、日本よりも先に世界で個性が認知された“逆輸入”だったと思います。トリプルアクセルを跳んでいない時代は、5種類のトリプルジャンプを跳んでいても、2種類しか跳んでいないカタリナ・ビットが優勝したり。ふざけんなよって思ったことも正直ありました(笑)。でも、カルガリー五輪が終わって、クリスティ・ヤマグチら新しい世代が台頭してきたと同時に、どの選手も一気にトリプルルッツまで跳ぶようになりましたね。
アルベールビルでの演技に感動。
 浅田 フィギュアスケートはスポーツである以上、難しいジャンプを跳ばなければ勝てないのが普通だと私は思うんです。ただ、高難度のジャンプを成功させて勝てることもあれば、勝てないときもあって。時代によってルールも変わりますし、採点基準もいろいろとあるので、少し不安定なスポーツではありますよね。

 伊藤 でも、調子が悪いときや自信がないときは、私はトリプルアクセルにこだわり続けず、跳ぶことをやめていたの。跳べる自信があるタイミングでしか試合では跳ばなかった。銀メダルだったアルベールビル五輪も本来ならオリジナル・プログラムでも跳んだ方が良かったんだけど、成功する確率が低くて、自信がないから跳ばなかった。フリーでも1本目は失敗しているしね。

 浅田 あのフリーの演技はすごく感動しました。トリプルアクセルを決めたのは演技後半ですよ。足に疲労が溜まっている状態なのに、そこでパワーが必要なジャンプを跳ぶなんて想像できない。どのあたりから跳ぼうと決めていたんですか? 

 伊藤 跳ぼうと決めたのは、1つ前のトリプルループ、スピンあたりかな。でも、2回目のトリプルアクセル直前のスピンはゆっくりとまわって、次のアクセルのために力を溜めていたんです。

 浅田 それでもスピン直後にトリプルアクセルを跳ぶなんて、私には絶対に無理。毎日練習していても、冒頭に跳ぶ場合とは平衡感覚も違いますからね。考えられない……。でも、実は私、アルベールビルのみどりさんのフリーの演技を真似したんですよ。小学6年生のときに試合で冒頭のジャンプに失敗したときに、「そういえば、みどりさんももう1回チャレンジしたな」と思い出して2度目に挑戦したんです。結果は失敗でしたけど(笑)。

高橋大輔「髪切って少し後悔」? 

毎日キレイ によると。

 フィギュアスケート男子のバンクーバー五輪銅メダリスト、高橋大輔選手が22日発売の週刊誌「AERA」(朝日新聞出版)2019年4月29日-5月6日合併号の表紙に登場する。撮影は写真家で映画監督の蜷川実花さんが担当。撮影は黒いチュールを使ったセットで行われ、シャッター音に反応するかのように堂々と体を動かした高橋選手は、撮影が終わると「恥ずかしかった」と頬を赤らめ、「髪を切ったことを少し後悔しました」とつぶやいたという。

 同誌の表紙を飾るのは、07、10年に続く3度目。07年は写真家の坂田栄一郎さんの撮り下ろしで、10年はバンクーバー五輪での報道写真が採用された。
 高橋選手の5ページにわたるインタビューも掲載され、引退後の4年間と、現役復帰、現在までの心境の変化を赤裸々に語る。「パフォーマーとして生きていきたい」と語り、「劇団四季のスケート版のようなカンパニーを作りたい」「一生現役」という言葉も飛び出したという。

紀平梨花がSP1位!世界最高更新83・97点 坂本花織も自己ベストで3位

デイリースポーツ によると。

 今季成績上位6カ国・地域で争われる大会が開幕し、女子ショートプログラム(SP)が行われた。紀平梨花(16)=関大KFSC=が冒頭の3回転アクセルを含む3本のジャンプを全て成功させ、世界歴代最高を更新する83・97点でSP1位となった。18年全日本選手権女王の坂本花織(19)=シスメックス=は76・95点で自己ベストを更新し、3位に入った。2位は80・54点のエリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)。

 紀平はSP「月の光」の冒頭、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を流れるように着氷。出来栄え点で2・86点と、大きな加点を得た。その後の3回転フリップ-3回転トーループの連続ジャンプ、後半の3回転ルッツと全て着氷し、演技後は何度もガッツポーズをつくった。

 世界最高点をたたき出した昨年12月のGPファイナル以外、今季SPでトリプルアクセルを加点のつく出来栄えで決めた試合はなかった。「今季最後、いい演技で締めくくりたい」と話していた通り、シニアデビューを果たした激動のシーズンの最終戦で、重ねてきた努力が実を結んだ。

 なお、83・97点は、以前の採点基準での最高記録であるアリーナ・ザギトワ(ロシア)が平昌五輪で記録した82・92点も上回っている。

 坂本は「フロム・マイ・ファースト・モーメント」を披露。3回転フリップ-3回転トーループの連続ジャンプ、続くダブルアクセル、演技後半の3回転ループと、幅のあるジャンプを次々と決めた。演技後は右の拳を力強く突き上げた。

 トゥクタミシェワも冒頭の3回転半を成功させ、出来栄え点で2・29点の加点を得ている。目立ったミスのない演技で自己ベストの80・54点をマークした。

 国別対抗戦は団体戦。SPとフリーで別々に順位を出し、1位に12点、2位に11点…12位に1点とポイントが与えられる。男子、女子、ペア、アイスダンスのSPとフリー(アイスダンスはSDとFD)で順位ポイントを出し、その合計ポイントで競う。女子では紀平が12点、坂本が10点を獲得した。

高橋大輔、地元に支えられて練習していた幼少期を語る

スポーツ報知 によると。

 フィギュアスケート男子の高橋大輔(33)=関大KFSC=が、3日放送の「衝撃のアノ人に会ってみた!」(水曜・後7時)に出演。支えてもらった地元、岡山県・倉敷市の人々などについて語った。

 番組では「大輔」の名付け親でもある「英子姉ちゃん」がVTRで登場し、「大輔」という名前は嶋大輔から名前を取ったことを明かした。英子さんは、高橋がスケートを続けるために衣装を見よう見まねで手作りしたり、海外遠征に帯同することもあったほどで、高橋は「彼女がいなかったら僕はスケートをやっていない」と感謝した。

 さらに、五輪に出場するまでに1億円はかかると言われているフィギュアスケートを続けるために、母は自身が営む理髪店に募金箱をおいていたというエピソードも。高橋は、地元の人々からスケートリンクの入場券をもらったり、練習の送り迎えをしてもらっていたことで続けられたと感謝した。

 スタジオには、ゲストとして女優・小芝風花(21)が登場。幼少期からフィギュアスケートをしていて、全国トップレベルだった小芝は過去に高橋に助けられたエピソード披露した。小芝は、高橋が関大進学後に練習していたリンクを使っていたそうだが、そのリンクは財政難から一時、存続の危機となってしまったという。しかし、高橋がボランティアでアイスショーに出演するなどして13万人分の署名を集め、この危機を救った。小芝は「すごい出来事だった」と振り返り、高橋に「頭上がらないです」と語った。

 同じリンクで練習していた2人について、スタジオからは、「付き合っちゃえばいいじゃん」などのいじる声が上がっていた。